兄の文章 第3弾<分数どうしの割り算について考える>後編

  • 2014.03.30 Sunday
  • 17:58
後編と書いたが全文載せたので前半は前回(前編)と重複してしまいました。
以下兄の文章
        分数どうしの割り算について考える
始めに:何故、割り算なのに割られる数に割る数の逆数をかけなくてはいけないのか、その理由を明快に説明することは、マイナスとマイナスをかけるとプラスになるということを説明するのと同じくらい難しい。ちなみにこれにまつわるギャグを一つ紹介しておく。「それぞれ一万円ずつ借金がある男女が結婚、すると翌年一億円のダイアモンドをくわえた赤ん坊がうまれてきた」というもの。
 割り算といえば、次のような、文章題(応用問題)が典型である。ここに6個のりんごがある。3人に平等に分けたら1人何個?
 これは曖昧さのない理想的な文章題だ。りんごを分けるといった部分に、留意しておいて欲しい。もう一つ、文章題を示す。Aさんは、6個のりんごを、Bさんは、2個のりんごを、それぞれ持っている。今Bさんは、2個のりんごを箱に詰めました。Aさんも2個ずつ箱に詰めていきたいと思っています。さて、何個の箱が必要でしょう?
 要するに、6個のりんごは、2個のりんごの3倍と言いたいのである。また、Aさんは、3箱 Bさんは、1箱持っているので、箱で比較しても3倍ということだ。3倍という代わりに6は、2を三つ分抱え込んでいると表現しても良い。そしてもはや、この文章題には、分けるとか割るとかの意味は一切含まれていない。そこが前の文章題と決定的に違うところである。さて、りんごの数を箱の数に置き換えることは、とてもクレバーで、数学的でカッコいいことは、言うまでもない。更に2個のりんごを1個の箱に納めるのだから、を1と見なしている言っていい。ここが一番誤解されるところだが決して2=1と言っているのではない。確かに二個のりんごと一個のりんごは、絶対に等しくない。しかし二個のりんごは、次元が変わって、一個の箱に相当している。だから二個=一箱といっていいのではないか。昔、文房具屋さんに行って、この鉛筆12本下さいと言う代わりにこの鉛筆1ダース(実際、12本の鉛筆が一つの箱にはいっている)下さいと言ったものだ。鉛筆商人は、一本一本ではなくダースで取引しているはず。それらは、現実世界でごく自然に見られる風景。そして、次の様にイメージするのも良い。粘土で小さな球を二つ作る。そうしてその二つの球を合わせた、一つの大きな球にするというイメージだ。最初の文章題のように、分けるとか割ることを問題にしたものを、等分除と呼び、二番目の文章題のように、被除数(割られる数)は、除数(割る数)の何倍になっているかを求めるものを包含除と呼ぶ。ともかく、除数を1と見なすというキーワードは、分数どうしの割り算を検討する上で極めて重要になってくるから、しっかり心に留めておいて欲しい。
さて、割る数が分数になると、ストラヴィンスキー作曲、火の鳥の中間部のように様相は一変する。
例えば2÷(3/4)=だ。2÷4=なら直ぐ解かる。2リットルのコーラを4人で分けると一人当たり0.5リットル500ccということ。この例文は典型的な等分除だ。しかし2を(3/4)等分するなど意味がわからない。
注:さて、これからは、不必要だが、誤解を避けるため分数は、全てかっこ閉じにした。
したがって、当然、等分除の考えは、放棄されなければならない。まだ分数どうしの割り算に入るのは、時期尚早。次は、割り算とは一体何かという課題について考えを巡らせていきたいと思う。
割り算とは何か :ところで、パソコンには、画面の文字の大きさなど自由に変えられる機能がある。2倍、3倍あるいは、(1/2)倍 (1/3)倍 と言った風に。今、パソコンの画面 の左側に、長さ12cm、画面の右側に4cmの棒が立っていると仮定しよう。パソコンの拡大、縮小機能を使って右の4cmの棒を1cmにしてみる。すると同じ画面にある左の棒の長さも変わってくることは、言うまでもない。
ここでこの機能の名前が長ったらしいから、短くef(expanding function)と命名しておく。このことは、あなたのパソコン(💻)で簡単に実験できる。縦長の棒の印があるキーボードのキーをクリックして画面に出す。もう一つの棒は、エクスクラメーションマークあたりを使う。 (| !) 画面のサイズを20%から400%くらいまでいろいろ動かしてほしい。さて、前に戻るが、左の棒の長さは、3cmになっているはずだ右を1cmにしたからこそ左と右の長さの関係は、3倍だということが明瞭になった。この時のefの縮小率は、25%,つまり(1/4)である。
この辺のあたりをもっと具体的に説明しよう。私のパソコンのOSは、ウインドウズ8,ワードというソフトの上でいろいろ私は、書いている。そのワードの画面の右下に横一直線のボリュームがあり、10%~500%、そのつまみでもって自由に調節出来るという仕組になっている。何を調節するのかというと、無論、その画面にある文字や図形の大きさである。まあ、100%を基準にすると500%は、5倍に拡大、10%は、(1/10)に縮小ということだ。実際、私のパソコンでは、上のカッコ内の縦棒の長さは、100%の時、約5mm、500%の時は、約25mmである。ちなみに10%時は、余りに小さくなり過ぎて計測不能。これでefがどんなものか大筋、理解していただけたと思う。
さて、efをどう行使しようと、ミスターではないが、3倍だけは不滅だ。今はどうなっているのかよくわからないが、我々団塊の世代は、算数の時間、分数はもちろん、比もよく習ったと記憶している。12:4=3:1というやつだ。なぜここで比の考えを持ち出したかというと分数どうしの割り算の意味を解明するためには欠かせないと考えたからだ。
分数と比は、表裏一体をなしていて、目的は同じで、表現方法が違うと主張しても間違いではない。a:b という比に於いてaを前項、b を後項と呼んでいる。比とは、aとb を比較するということだが、例えば12は4より8だけ多いという野球のスコアの様な見解は決してとることはなく、12は4の3倍であるという見解をとる。比の値ということもよく言われる。それはちょっと、かしこまった言い方になるが前項は、後項の何倍になっているかということだ。もちろん逆に後項は前項の何倍と考えることもよい事だが、残念なことにあまり意味がない。前者だけで十分ということ。
ここで改めて念を押す、何故、二つの棒の比喩やパソコンの拡大機能や比の概念まで持ち出して回りくどい事を言うのか?それはひとえに、包含除の意味と構造を明らかにしたいからに他ならない。今、目の前にa:b という比が与えられたとしよう。我々は、次に何をするか?比の値を求めようとするだろう。つまりa÷b だ。その答えは、取り敢えず(a/b) と分数で表現される。数学的には少し問題があるかもしれないが
a:b=a÷b=(a/b) と等式で結んでしまいたいくらいだ。それから、前項aと後項b の両方にゼロ以外ならどんな数(虚数はよく解からないが)をかけてもどんな数で割っても構わないという数学的大原則がある。(余談だが)換言すれば、イコール関係を順守すれば、等式の右辺も左辺もどんなに変形させてもよいわけだ。そういったことを繰り返し,代数学の先人達は,偉大な公式を発見してきた。二次方程式の根の公式などその最たる例である。
前項と後項に同じ数をかけたり同じ数で割ったりする行為は、先程定義した efを行使するのと同じだ。二つの棒を含んだ画面の内容を2倍、3倍にしているのだから。また同じ数(公約数)で割るという行為は、a:b=(a/b)なのだから(aとbが互いに素でない限り)約分そのものだ。*「互いに素」の意味は、グーグルで調べてください。
これらのことを踏まえ、そろそろ割り算の定義を記述していきたいと思う。
とても一言で言えないが、
 (A) 割り算とは、確かに等分するという意味を持ち、しかもそれは、一般的な概念である。しかし、除数(割る数)が小数や分数になると等分除の意味では、説明がつかなくなるという弱点があるので、やや普遍性にかける。
(B)割り算とは、被除数(割られる数)と除数(割る数)の比較、ただ眺めているのではなく「被除数は、除数の何倍に当たっているのか」を求めるという大目的がある。これは、まさに包含除の概念で、本流と言える。
 (C)Bを突き詰めると ef を使って除数を1にしてしまうのが手っ取り早い、そうすれば、たちまち被除数の値が出て、しかもそれが除数の何倍になっているのかを直接、指しているからである。批判を覚悟で宮本武蔵の悟りの境地風に、割り算とは「除数を1にすることなり」と宣言したい。 *除数を1と見るのが穏当な表現 
分数どうしの割り算: 例題(9/10)÷(3/4)を考える。これも先に習ってパソコン画面の左に9/10cm,右に(3/4)cmの棒がならんで立っていると仮定する。長さを分数で表現することはあまりないが、それぞれ9mm,7.5mmの二つの棒である。これまでの学習から左の棒前項被除数分数の分子と命名することができる。一方、右の棒後項除数分数の分母になる。割り算とは、除数を1にすることだから右の棒の長さをefをコントロールして1cmに変えてやればよい。それに、従って自動的に右の棒の長さが決まる。正にその長さが真の解答である。では、計算では、どうなるだろう。右の棒(除数)が(3/4)だから、それ自身、つまり(3/4)で割ってやると考えることは、自然だ。ところが,大原則によって(9/10)も(3/4)で割ってやらねばならない。すると除数は、見事1になるが、被除数の方は再び(9/10)÷(3/4)に戻ってしまい発展性が全くなく、デッドエンドにぶち当たってしまう。
残された道は、除数と被除数に(3/4)の逆数(4/3)をかけざるを得ないという道しかない。そうすると、(9/10)÷(3/4)={(9/10)×(4/3)}÷{(3/4)×(4/3)}={(9/10)×(4/3)}÷1=(9/10)×(4/3)よって、(9/10)÷(3/4)=(9/10)×(4/3)=(6/5) つまり(9/10)は、(3/4)に対して(6/5)倍の大きさを持っているということ。平たく言えば、1.2倍。また、除数に(1/4)を加えてはどうかという提案があるかもしれないが、アイディアのよさは、認めても数学の法律を大きく逸脱するので却下せざるを得ない。 (1/4)+(1/3)=(2/7)が、却下される如く。
結論が、逆数をかけざるを得ないというはなはだ意気の上がらないものだ。ピタゴラスの定理の証明のような華麗さは、微塵もない。唯、りんごの数から箱の数への変換、二本の棒の長さ比べ、ef 包含除、除数を1とみるなどのキーワードが、分数どうしの割り算の理解に、すこしでも貢献するのならば、こんな 喜ばしいことはない。
また,違うアプローチのしかたもある。それは、分数どうしの割り算を使って解く具体的な文章題を、作ることが出来れば一発解決だ。例えば、具体的な文章題とは、こういうものだ。分数どうしの割り算には、関係ないが、「100万円を年利0.12%(現在の銀行の常識的利率かも)の定期預金にする。1年後の元利合計は?」ちなみに、1012000円と思っている人は、甘い。それだけのお金を期待するのだったら、国債を購入した方が良い。こんにち、庶民にとって、お金がお金を生むという句は、幻想に成り下がってしまった。10億円程、持っていれば、話は別だが。(お前は、ファイナンシャル. プランナーか?)
冗談は、さて置きこれ程、現実生活に密着してなくてもよいが、わかりやすく、しかも、シンプルな文章題を作るのは、至難の業である。断言は、出来ないが、りんごやケーキなど1個、2個と数えられるものは、素材として向いていないのではないかと思う。ジュースなどの液体は、どうだろう。いわゆる数えられない(uncountable)連続量と呼ばれるものの方が、融通が利くのではないかと推測している。小学校の優秀な先生がもう既に作られているのかもしれない。是非、拝見したいもの、私も一つ作ってみたことがあったが、理屈は、大方、通っているにしても、浮世離れした設定なので、とても発表できる代物ではない。最後に個人的な意見だが、子供が分数どうしの割り算を、よくわかってなくとも、ゆめゆめ嘆くことはないと思う。江戸時代の寺子屋の子供の様に、加減乗除、度量衡、それに利息の計算くらいできればよいと言っていた高名な思想家がいた。一理あると思う。とりあえず計算方法をしっかり覚え、約分などを忘れないことだ。    
                     FIN 高橋正博
追記:何故、パソコン画面の二本の棒の長さにこだわったのか? それは、前項と後項にどんな数をかけても、どんな数で割っても、ニ項の大きさの関係は、不変だから構わない、正しい。しかもこれは、数学の大原則であると大見得を切った。「我疑う、故に我あり」を信条とするデカルトのような子供が、不変だって誰が決めたの?証明できるの?と批判してくるかも知れないと思い、せめて、画面上で二つの棒の長さを物差しで、実際、測ったり、操作して視覚上、納得してもらいたかったからだ。   
さて、後で気が付いた事だが、厳密に言えば、逆数をかけざるをえないという表現は、正しくない。逆数を使わなくとも、分数どうしの割り算を解く方法を私なりに、見つけたからだ。(b/a)÷(d/c) は、(b÷d)/(a÷c) が、本来の姿でしかも正しい。分母どうし、分子どうし、それぞれ割るということだ。ラッキーな場合もある。    
(3/4)÷(3/2)という例題では、この方法で(3÷3)/(4÷2)=(1/2)と進め、 分母も分子も、たまたま割り切れた。全く逆数をかける方法を使わず、答えを出せたわけだ。それでは、全部素数のこの例題は、どうだろう。 (7/11)÷(5/13)=(7÷5)/(11÷13) 今度は、分母が,永久に割り切れない。 デッドエンドか?
起死回生の一手、被除数の分母、分子に65をそれぞれかける。
<注:分母、分子にそれぞれ65をかけるということは、(65/65)をかけること、つまり1をかけることであって、被除数(7/11)の大きさを微塵も、変えていない。ある意味、何もしていないのと同じこと、被除数(7/11)を65倍するのとはわけが違う。被除数(7/11)を65倍するということは、決して被除数に、(65/65)をかけることではなく、(65/1)をかけることである。従って、その場合は、被除数の大きさを変えたわけだから、当然、除数にも同数(65/1)をかけなければならないが、この場合は、被除数に、(65/65)をかけているので、除数に、(65/65)をかける必要は、さらさらない。もちろん、かけてもよいが、この工夫が水の泡に帰すこと必定.>
(7×65)/(11×65)=(455/715) 通分の時と同様、分母、分子に同数をかけただけだから(7/11)=(455/715)が成立。今度は、(7/11)の代わりに(455/715)を登場させていいわけだ。   (455/715)÷(5/13)=(455÷5)/(715÷13)=(91/55)<既約分数>この意味もグーグル
検算として、逆数をかける方もトライしてみると、(7/11)÷(5/13)=(7/11)×(13/5)=(7×13)/(11×5)=(91/55) 再び逆数をかける方法を使わず答えを出せた。65という数は、決してでたらめの数ではなく意味を持っている。じつは、65=13×5つまり除数の分母、分子をかけた数なのだ。換言すれば、除数の分母、分子の公倍数になっているのである。これなら、あとで割り算をしても割り切れないわけがない。ちょっと、あざといが、良いひらめきだと思っている。この全ての分数どうしの割り算で逆数をかける方法を使わずに回答を得ることができる。もちろん手間と時間は、3倍以上かかるけれども。ところが、以上の経過を文字式で、表現するとこうなる。(b/a)÷(d/c)=(bcd/acd)÷(d/c)=(bcd÷d)/(acd÷c)=(bc)/(ad)         
ここで次のような批判が出るかも知れない。(bc)/(ad)=(b×c)/(a×d)=(b/a)×(c/d)と変形される。結局(b/a)に(d/c)の逆数(c/d)をかけているではないかという批判だ。それは、その通り。確かに結果的には、そうだが、過程では、一切、逆数をかけるという表現もなければ、行為もない。この正当性は、数学の専門家に判断を任せるしかない。         
私は、数学の専門家ではない。ほとんどは、小学校、中学校で学んだ知識を元にしている。何度も繰り返し読み返したが、用語の誤解や、論理の甘さが指摘されるかも知れない。その時は甘んじて受け止めるつもりだ。そして、これよりもっと論理的でわかり易い説明が、存在するはず。また、明快で、具体的な文章題も作成されるだろう。その時には、是非、教えを乞いたい。また、まったく関係ない話であるが、このブログ、以前の「白鵬を考える」で、琴奨菊に万全の体勢になられても、まだ勝負は、6分4分で白鵬にあると、想像で、わけ知りのことを書いてしまったが、3/21 2014の取り組みで、万全の体勢になった琴奨菊が、鮮やかに勝利。白鵬を土俵の外に出してしまった。がぶり寄りのすごさを、目の当りに感じた。琴奨菊関、失礼なことを書いて、申し訳ありませんでした。                END      galwayera@gmail.com 文責 高橋正博

兄の文章 第3弾<分数どうしの割り算について考える>前編

  • 2014.03.29 Saturday
  • 19:49
前回と前々回の兄の文章は、手書きの紙を渡され文章をキーボードで打っていたのだが今回からワードで書いてパソコンメールで添付してきたのだ。それをコピーして載せているので格段に楽になった。実は最近パソコンを始めて、すごい勢いで使いこなしている。自分のブログを開設するよう勧めているので、近々兄本人のブログでいろいろな記事を発表すると思います。そのときは宜しくお願いします。さて、今回のテーマいったい何人の人が興味を持つのか。文章が長いので前編、後編に分けました。
それでは、以下兄の文章。 

        分数どうしの割り算について考える

始めに:何故、割り算なのに割られる数に割る数の逆数をかけなくてはいけないのか、その理由を明快に説明することは、マイナスとマイナスをかけるとプラスになるということを説明するのと同じくらい難しい。ちなみにこれにまつわるギャグを一つ紹介しておく。「それぞれ一万円ずつ借金がある男女が結婚、すると翌年一億円のダイアモンドをくわえた赤ん坊がうまれてきた」というもの。

割り算といえば、次のような、文章題(応用問題)が典型である。ここに6個のりんごがある。3人に平等に分けたら1人何個?

これは曖昧さのない理想的な文章題だ。りんごを分けるといった部分に、留意しておいて欲しい。もう一つ、文章題を示す。Aさんは、6個のりんごを、Bさんは、2個のりんごを、それぞれ持っている。今Bさんは、2個のりんごを箱に詰めました。Aさんも2個ずつ箱に詰めていきたいと思っています。さて、何個の箱が必要でしょう?

要するに、6個のりんごは、2個のりんごの3倍と言いたいのである。また、Aさんは、3箱 Bさんは、1箱持っているので、箱で比較しても3倍ということだ。3倍という代わりに6は、2を三つ分抱え込んでいると表現しても良い。そしてもはや、この文章題には、分けるとか割るとかの意味は一切含まれていない。そこが前の文章題と決定的に違うところである。さて、りんごの数を箱の数に置き換えることは、とてもクレバーで、数学的でカッコいいことは、言うまでもない。更に2個のりんごを1個の箱に納めるのだから、2を1と見なしていると言っていい。ここが一番誤解されるところだが決して2=1と言っているのではない。確かに二個のりんごと一個のりんごは、絶対に等しくない。しかし二個のりんごは、次元が変わって、一個の箱に相当している。だから二個=一箱といっていいのではないか。昔、文房具屋さんに行って、この鉛筆12本下さいと言う代わりにこの鉛筆1ダース(実際、12本の鉛筆が一つの箱にはいっている)下さいと言ったものだ。鉛筆商人は、一本一本ではなくダースで取引しているはず。それらは、現実世界でごく自然に見られる風景。そして、次の様にイメージするのも良い。粘土で小さな球を二つ作る。そうしてその二つの球を合わせた、一つの大きな球にするというイメージだ。最初の文章題のように、分けるとか割ることを問題にしたものを、等分除と呼び、二番目の文章題のように、被除数(割られる数)は、除数(割る数)の何倍になっているかを求めるものを包含除と呼ぶ。

ともかく、除数を1と見なすというキーワードは、分数どうしの割り算を検討する上で極めて重要になってくるから、しっかり心に留めておいて欲しい。

さて、割る数が分数になると、ストラヴィンスキー作曲、火の鳥の中間部のように様相は一変する。例えば2÷(3/4)=だ。2÷4=なら直ぐ解かる。2リットルのコーラを4人で分けると一人当たり0.5リットル500ccということ。この例文は典型的な等分除だ。しかし2を(3/4)等分するなど意味がわからない。注:さて、これからは、不必要だが、誤解を避けるため分数は、全てかっこ閉じにした。

したがって、当然、等分除の考えは、放棄されなければならない。まだ分数どうしの割り算に入るのは、時期尚早。

次は、割り算とは一体何かという課題について考えを巡らせていきたいと思う。

割り算とは何か :ところで、パソコンには、画面の文字の大きさなど自由に変えられる機能がある。2倍、3倍あるいは、(1/2) (1/3) と言った風に。今、パソコンの画面 の左側に、長さ12cm、画面の右側に4cmの棒が立っていると仮定しよう。

パソコンの拡大、縮小機能を使って右の4cmの棒を1cmにしてみる。すると同じ画面にある左の棒の長さも変わってくることは、言うまでもない。

ここでこの機能の名前が長ったらしいから、短くef(expanding function)と命名しておく。このことは、あなたのパソコン(💻)で簡単に実験できる。縦長の棒の印があるキーボードのキーをクリックして画面に出す。

もう一つの棒は、エクスクラメーションマークあたりを使う。 (| !) 画面のサイズを20%から400%くらいまでいろいろ動かしてほしい。さて、前に戻るが、左の棒の長さは、3cmになっているはずだ。右を1cmにしたからこそ左と右の長さの関係は、3倍だということが明瞭になった。この時のefの縮小率は、25%,つまり(1/4)である。

この辺のあたりをもっと具体的に説明しよう。私のパソコンのOSは、ウインドウズ8,ワードというソフトの上でいろいろ私は、書いている。そのワードの画面の右下に横一直線のボリュームがあり、10%~500%、そのつまみでもって自由に調節出来るという仕組になっている。何を調節するのかというと、無論、その画面にある文字や図形の大きさである。まあ、100%を基準にすると500%は、5倍に拡大、10%は、(1/10)に縮小ということだ。実際、私のパソコンでは、上のカッコ内の縦棒の長さは、100%の時、約5mm500%の時は、約25mmである。

ちなみに10%時は、余りに小さくなり過ぎて計測不能。これでefがどんなものか大筋、理解していただけたと思う。

さて、efをどう行使しようと、ミスターではないが、3倍だけは不滅だ。

今はどうなっているのかよくわからないが、我々団塊の世代は、算数の時間、

分数はもちろん、比もよく習ったと記憶している。12:4=3:1というやつだ。

なぜここで比の考えを持ち出したかというと分数どうしの割り算の意味を解明するためには欠かせないと考えたからだ。

分数と比は、表裏一体をなしていて、目的は同じで、表現方法が違うと主張しても間違いではない。a:b という比に於いてaを前項、b を後項と呼んでいる。比とは、ab を比較するということだが、例えば124より8だけ多いという野球のスコアの様な見解は決してとることはなく、1243倍であるという見解をとる。比の値ということもよく言われる。それはちょっと、かしこまった言い方になるが前項は、後項の何倍になっているかということだ。もちろん逆に後項は前項の何倍と考えることもよい事だが、残念なことにあまり意味がない。前者だけで十分ということ。

ここで改めて念を押す、何故、二つの棒の比喩やパソコンの拡大機能や比の概念まで持ち出して回りくどい事を言うのか?それはひとえに、包含除の意味と構造を明らかにしたいからに他ならない。

今、目の前にa:b という比が与えられたとしよう。我々は、次に何をするか?比の値を求めようとするだろう。つまりa÷b だ。その答えは、取り敢えず(a/b) と分数で表現される。数学的には少し問題があるかもしれないが         a:b=a÷b=(a/b) と等式で結んでしまいたいくらいだ。それから、前項aと後項b の両方にゼロ以外ならどんな数(虚数はよく解からないが)をかけてもどんな数で割っても構わないという数学的大原則がある。(余談だが)換言すれば、イコール関係を順守すれば、等式の右辺も左辺もどんなに変形させてもよいわけだ。そういったことを繰り返し,代数学の先人達は,偉大な公式を発見してきた。二次方程式の根の公式などその最たる例である。

前項と後項に同じ数をかけたり同じ数で割ったりする行為は、先程定義した

efを行使するのと同じだ。二つの棒を含んだ画面の内容を2倍、3倍にしているのだから。また同じ数(公約数)で割るという行為は、a:b=(a/b)なのだから     (abが互いに素でない限り)約分そのものだ。*「互いに素」の意味は、グーグルで調べてください。

これらのことを踏まえ、そろそろ割り算の定義を記述していきたいと思う。
後編につづく

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