死ぬとどうなるの

  • 2015.04.20 Monday
  • 18:59
死ぬとはどういうことか、自分の死を経験できない以上、親の死や他の人の死を傍らで見たり、死についての書物などを読んだりして思いを馳せるしかない。私が死んでしまったら、私の居ないこの世界は存続するのだろうが、この世界を認識している私が死んで居なくなるのだから、私にとってこの世界はなくなるのか。無になるということはどういうことなのか想像し難い。肉体は消滅して物質としては最終的に土や自然に帰るのだろうが、魂は存続して生まれ変わるのか?そもそも魂や霊魂などというものが肉体とは別に存在するものなのか?歴代の名を馳せた哲学者や宗教家、物理学者などが考え尽くしたことなのだろうが、私の結論としては、身も蓋もないが「死後の世界は死んでみないとわからん」。しかも自分はどのような死に方をするのかも分からない。わからないということは人それぞれ自分にとって都合のいいように解釈し、信じればいいのだろう。あまり考えすぎたり、悩んだりすると頭が薄くなってしまう。(すでに十分薄い)
気楽にケセラセラで行こうと思う。






        まったく取り留めのない内容になってしまいました。無駄な時間に付き合わせてしまい申し訳ありません。
コメント
学生時代に読んだ、サルトルのある著作で、彼は次のように主張しています。私が認識しているから、他が存在するというという二元論的観念論を認めるわけには、いかない、私の存在など関係なく、まわりの世界は、物として存在すると。おおむね、この考えを基盤にして生きて来ました。たとえ、人間でも原子の集合体に過ぎないとは、思っていても、石のような物体ならまだしも、生物のように自由に動き、思考さえしたりする、背後に神のような絶対者が、いるのかなと、たまに思うことはあります。換言すれば、この世の中、余りにも出来過ぎていると言う気もします。基本的には、死んだらNOTHINGそのものですが、断言は出来ません。ドリス=デイが歌うように、将来は、誰にもわからないが、正解でしょう。
>正博さん 自分が死んで無になるということはどういうことなのか、なかなか想像しがたいことです。何となく時間という概念が気になりました。ただ何の脈絡もなくあまり小さなことでくよくよしたり悩んだりてもしょうがないかという気持ちが湧いてきました。
  • 高橋義博
  • 2015/04/24 6:03 PM
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