川越市立博物館

  • 2015.03.01 Sunday
  • 18:49
 前回、相原求一朗の作品を見るため川越市立美術館へ行きましたと書きましたが、そのとなりが博物館だったので、ついでといってはなんですが寄ってきました。一画に昔なつかしのコーナーがあったので、ひとしきりなつかしがってきました。
確かに昔はこのようなオート三輪がよく走っていました。たしかミゼットといい大村崑と佐々十郎が宣伝していたように記憶している。


昔の自転車は頑丈そうだ。サドルに足が届かないので三角乗りをしている子供がいた。

このような駄菓子屋がけっこうあって、一画で子供相手のもんじゃ焼きもやっている店もあった。

私の通った小学校は確かにこんな机と椅子だったな。ただこんなに小さかったかな。

あたりまえだが、昔のゲームはすべてアナログ。紙芝居もなつかしい。紙芝居屋さんからお菓子を買って
観るのだ。当時三大流行った遊びは、古い順でメンコ、ビー玉、ベーゴマ、どれも負けると相手に取られてしまう。そこにはすでに大人世界の縮図があったような・・・。私は当時から今に至るまで一貫して負け組みです。しかたありませんね。


昔の電気釜はみなこんな形だったな。ジャーや魔法瓶の内側は銀色のガラス製だった。落とすとガラスが割れてしまう。

さすがに古すぎる、こんな洗濯機は見たことない。ただ絞り機はなつかしい。

当時10歳に満たなかったのにいつの間にか60台半ば、はやいようなながかったような感慨深い思いです。これからの人生は幸せに暮らしたいです。もうあまり無理は利きません。
コメント
 よく覚えていたね。確かに「やりくりアパート」の主演は、大村崑と佐々十郎、他に茶川一郎、花紀 京 それに、後に「他人の関係」が大ヒットする前の、金井克子が、レギュラーとして出ていたよ。それから、大村崑は「とんま天狗」で本格的にブレイクするわけ。幸い彼には、TVでいつでも会える。「赤い霊柩車」のレギュラーだし、何しろ、大相撲では、砂被りに大抵いるから。


私の記憶はおぼろげながら。そちらの記憶の鮮明さには恐れ入りました。チンドン屋さんの奥さんの着物の柄まで覚えていた母親の血を受け継いでいるのだなと改めて感心しました。それは香織さんにもうけつがれているのでしょう。
  • 高橋義博
  • 2015/03/02 9:28 AM
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